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●三冠馬とは
 特定の3つのレース全てに勝った馬に贈られる称号が「三冠馬」である。もちろん、ただのレースではなく、1つ1つが最上級の格を持つレースである。日本では「皐月賞」「東京優駿(日本ダービー)」「菊花賞」3レースに勝利した馬を三冠馬としている。この3レースはどれも3歳馬限定の、いわゆる「クラシック競走」と呼ばれるものだ。日本で行われる3歳クラシック競走は、全てイギリスの3歳クラシック競走を見本に作られたものである。皐月賞2000ギニーを手本に、東京優駿ダービーを、菊花賞セントレジャーを手本としている。これまで日本の競馬で三冠を達成したサラブレッドは、セントライト・シンザン・ミスターシービー・シンボリルドルフ・ナリタブライアン・ディープインパクトの6頭のみである。

●三冠競走の概要
 日本の三冠競走は牡馬と牝馬両方の路線に用意されている。牡馬の三冠は上記の「皐月賞」「東京優駿(日本ダービー)」「菊花賞」、牝馬の三冠は「桜花賞」「優駿牝馬(オークス)」「秋華賞」となる。もちろん、全てがGIレースである。
 皐月賞は毎年4月の終わりに中山競馬場の芝2,000mで行われる。東京優駿(日本ダービー)は、5月の終わりに東京競馬場の芝2,400m、菊花賞は10月の終わりに京都競馬場の芝3,000mで行われる。中でも特にダービーは、クラシック競走の中でも最も歴史のあるレースであり、競馬に携わるものであれば誰もが勝利を夢見る、栄光のレースなのだ。
 牝馬路線では、イギリスの
1000ギニーを手本とした桜花賞が毎年皐月賞の前週に阪神競馬場の芝1,600mで行われ、イギリスのオークスを手本とした優駿牝馬(オークス)がダービーの前週に東京競馬場の芝2,400mで行われる。秋華賞は1996年に新設された比較的新しいレースである。京都競馬場の芝2,000mで行われている。それ以前はエリザベス女王杯が3歳牝馬限定レースとして菊花賞の次週に、京都競馬場の芝2,400m(現在は古馬牝馬にも開放され、芝2,200mと条件も変わっている)で行われていた。
 牡馬の3レース全てを制したのは前述の6頭だが、牝馬の三冠制覇はこれまで、メジロラモーヌ・スティルインラブの2頭だけである。牝馬の三冠馬が少ないのには理由がある。

●三冠競走の意義
 元々、3歳クラシック競走は、今から60年以上前に設立された5レース(ダービー・オークス・皐月賞・桜花賞・菊花賞)を指しており、牝馬三冠という概念は最近まで無かったのだった。これは、サラブレッドの品種改良においては、優秀な種牡馬を選定することが重要であり、それが競馬の最大の目的であるとされてきたからである。そのため、日本では種牡馬選定レースとしてのクラシック競走が設立されたのだった。なぜ種牡馬がクローズアップされるのか。これは、動物としてのオスとメスの生殖機能の違いからくる。牝馬は年に1回の出産で子を産む。不受胎や死産を考慮すると、生涯に牝馬がもうけられる子供は多くても10頭くらい、平均で6〜7頭である。対して種牡馬は、トップクラスの場合、1シーズンに200頭以上の繁殖牝馬と種付けをする。このため、優秀な競走馬がいたとして、それが牡馬であれば、その遺伝子を一度に多くの牝馬に宿すことができるが、牝馬であれば、生涯に数頭の産駒を残す事しかできない。この繁殖機能の違いが、古くから種牡馬の優位性を保ってきた。しかし、牡馬は子孫を残すために優秀な成績を残さなければならないが、牝馬は実力の如何に関わらず繁殖に上がることができる。競走成績で牝馬を淘汰したら、サラブレッドの絶対数が減少し、ごくわずかな期間で種そのものが絶滅してしまうからだ。そのため、繁殖牝馬選定レースという概念が生まれなかったのである。
 また、実力となると相対的に牝馬は牡馬より劣る傾向にある。まれに牡馬を凌ぐような名牝も誕生するが、全体的には牡馬の方がレースに勝つことが多い。そうなると、牝馬と牡馬混合のレースに牝馬が出ても仕方なくなってしまうので、牝馬限定のレースも用意されたのだ。競走成績の善し悪しは繁殖に上がるかどうにはさほど影響しないが、競走馬として優秀な牝馬は、将来生まれる産駒も期待され、その競走成績に見合う優秀な種牡馬が花婿として迎えられた。こうして牝馬限定のクラシックも用意されたが、あくまでも種牡馬選定が重要視されたため、牝馬限定レースは2つにとどまった。この考え方はイギリスの生産理論をそのまま反映した形になっている。ちなみに、皐月賞・ダービー・菊花賞には牝馬の出走が可能となっている。最近でもまれに牝馬が出走することがある。戦後は現れていないが、戦前には牝馬ながらダービーや菊花賞に勝つような女傑も出現した。

●三冠競走の歴史
※年齢表記の変更のため、昔の4歳は現在の3歳に相当
 
 日本で最初に設立されたクラシック競走は、イギリスのダービーをモチーフに、1932年(昭和7年)に目黒競馬場(現在は住宅地になっている)の芝2,400mで行われた「東京優駿大競走」である。第1回優勝馬はワカタカ。1934年からは現在の東京競馬場で開催。1950年から現在の東京優駿(日本ダービー)という呼称に変更。
 
 イギリスのセントレジャーを手本として、1938年(昭和13年)に京都競馬場の芝3,000mで行われた「京都農林省賞典4歳呼馬」が始まり。第1回優勝馬はテツモン。1948年に現在の菊花賞という呼称に変更。
 
 イギリスの2000ギニーを手本に、菊花賞設立の翌年1939年(昭和14年)には横濱競馬場(現在は根岸競馬記念公苑となっている)の芝1,850mで行われた「横濱農林省賞典4歳呼馬」が始まり。第1回優勝馬はロツクパーク。1947年から距離が2,000mになり、東京競馬場で開催。1949年から中山競馬場開催となり、現在の皐月賞という呼称を使用。
 
 イギリスのオークスを手本に、1938年(昭和13年)に阪神競馬場の芝2,700mで施行された「阪神優駿牝馬」が始まり。第1回優勝馬はアステリモア。1946年から東京競馬場の芝2,400mに変更し、名称も現在の優駿牝馬となった。
 
 イギリスの1000ギニーを手本に、1939年(昭和14年)に中山競馬場の芝1,800mで施行された「中山4歳牝馬特別」が始まり。第1回優勝馬はソールレディ。1947年に京都競馬場の芝1,600mとなり、名称も現在の桜花賞となる。1950年から阪神競馬場開催となる。
 
 牝馬の三冠路線整備のため、牝馬の菊花賞に当たるレースとして、日本が独自にもうけたクラシック競走。従来のエリザベス女王杯が古馬牝馬に開放されたことから新設。1996年(平成8年)に京都競馬場の芝2,000mで施行。第1回優勝馬はファビラスラフイン。

 (エリザベス女王杯)
 牝馬の三冠路線整備のため、牝馬の菊花賞に当たるレースとして、日本が独自にもうけたクラシック競走。現在は牝馬三冠路線を走り終えた3歳牝馬と古馬牝馬による最強牝馬決定戦となっている。1970年(昭和45年)に京都競馬場の芝2,400mで施行された「ビクトリアカップ」が始まり。第1回優勝馬はディアマンテ。1975年から現在のエリザベス女王杯に名称変更。1996年に秋華賞の新設に伴い、古馬牝馬に開放され、距離も2,200mに短縮される。

●日本の三冠馬
 日本でこれまで三冠を達成したのは、牡馬ではセントライト(1941年)、シンザン(1964年)、ミスターシービー(1983年)、シンボリルドルフ(1984年)、ナリタブライアン(1994年)、ディープインパクト(2005年)の6頭である。中でも、シンボリルドルフとディープインパクトは無敗で三冠を達成している。牝馬ではメジロラモーヌ(1986年)スティルインラブ(2003年)の2頭である。
 実は牝馬であれば、牡馬の三冠競走にも出走できるので、理論上は最大6冠まで達成可能なのである。しかし、競走馬を過剰に酷使する事になるので、恐らく6冠馬が出現することはないであろう。だが、牝馬の中には牡馬に混じって出走し、牡馬クラシックを勝った女傑がいる。中でも有名なのが、クリフジ(1943年)である。クリフジは牝馬のみでありながら、1943年のオークス・ダービー・菊花賞と、変則三冠を達成した唯一の牝馬である。その勝ちっぷりもものすごく、ダービーでは6馬身差、オークスでは10馬身差、菊花賞では大差と、信じられない圧勝続きであった。クリフジは11戦11勝という完璧な成績で引退した。あまりの強さに、日本競馬史上最強の呼び声も高い。
 三冠達成の難しさは、達成した頭数の少なさからも感じ取れるが、比較対象として三冠を目前で達成できなかった二冠馬と比べるとますますはっきりする。牡馬に限れば、日本競馬において二冠馬は過去23頭誕生している(三冠馬を除く)。半分近くが、レースに負けたことよりも、様々な要因でレースそのものに出走できなかった事が原因となっている。春の2冠を突破した後も、無事に菊花賞に辿り着くことが大変なのである。

●海外の三冠競走
 日本の三冠を含むクラシック競走はイギリスのクラシック競走をモチーフにしている。これは日本に限った話ではなく、世界各国の競馬開催国で同様の形式を取っている。


 ダービー・オークス・セントレジャー・2000ギニー・1000ギニーの5つ。牝馬の三冠目は牡馬と混合のセントレジャーになる。三冠という言葉は英語で「Triple Crown(トリプルクラウン)」と表記される。牝馬の場合は「Triple Tiara(トリプルティアラ)」となっている。
 
 1780年に12代ダービー伯爵とチャールズ・バンバリー卿によって開催。サリー州エプソム競馬場の芝1マイル4ハロン10ヤード(約2,423m)で施行。第1回優勝馬はダイオメド(Diomed)。世界のダービーの中で最も威厳のあるレースとされている。かつて、イギリスの首相チャーチルが「ダービー馬のオーナーになることは一国の宰相になることよりも難しい」という格言を残したことで有名。他国のダービーと比較するために、イギリスダービー、エプソムダービーと呼ばれることが多い。
 ※エプソム競馬場オフィシャルサイト http://www.epsomderby.co.uk/index.html
 
 1779年に開催。サリー州エプソム競馬場の芝1マイル4ハロン10ヤード(約2,423m)で施行。3歳牝馬限定の芝第1回優勝馬はブリジット(Bridget)。オークとは樫の木という意味であるが、このレースを創設した12代ダービー伯爵の別荘が「ジ・オークス」という名称だったので、そこからつけられたとされる。
 
 1776年にアンソニー・セントレジャー陸軍中将によって開催。サウスヨークシャー州ドンカスター競馬場の芝1マイル6ハロン132ヤード(約2,937m)で施行。第1回優勝馬はアラバキュリア(Allabaculia)。最古のクラシック競走である。
 ※ドンカスター競馬場オフィシャルサイト http://www.doncaster-racecourse.com/
 
 1809年に開催。サフォーク州ニューマーケット競馬場の芝1マイル(約1609m)で施行。第1回優勝馬はウィザード(Wizard)。優勝者に2000ギニーが贈られることからこの名称になったという。
 ※ニューマーケット競馬場オフィシャルサイト http://www.newmarketracecourses.co.uk/
 
 1814年に開催。サフォーク州ニューマーケット競馬場の芝1マイル(約1609m)で施行。第1回優勝馬はシャルロッテ(Charlotte)。優勝馬に1000ギニーが贈られることからこの名称になったという。
「エプソム・ダービー」
「2000ギニーのゴール前」


 アメリカはダート競走が主体なので、クラシック競走もイギリスとは違ったシステムになっている。アメリカのクラシックはケンタッキーダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークスの3レース。
 
 1875年、M・ルイス・クラーク大佐の提案により開催。ケンタッキー州ルイヴィルのチャーチルダウンズ競馬場のダート1・1/4マイル(約2000m)で施行。第1回優勝馬はアリスティディス(Aristides)。レースの前にはミント・ジュレップを飲みながら「マイ・オールド・ケンタッキー・ホーム」を合唱するのが慣わし。ブリーダーズカップに次ぐアメリカ最大のビッグレースである。2000年には関口房朗がフサイチペガサスで日本人オーナーとして初めてケンタッキーダービーを制した。
 ※ケンタッキーダービーオフィシャルサイト http://www.kentuckyderby.com/2005/
 
 1873年より開催。メリーランド州バルティモアのピムリコ競馬場のダート1・3/16マイル(約1900m)で施行。第1回優勝馬はサヴァイバー(Survivor)。1870年にピムリコ競馬場がオープンしたときに行われたディナーパーティーステークスというレースに勝ったプリークネスという馬から名付けられた。レースの前に「メリーランド・マイ・メリーランド」を合唱するのが慣わし。
 ※プリークネスステークスオフィシャルサイト http://www.preakness.com/
 
 1867年、レオナルド・ジェロームとオーガスト・ベルモントによって開催。ニューヨーク州エルモントのベルモントパーク競馬場のダート1.5マイル(約2400m)で施行。第1回優勝馬はルースレス(Ruthless)。アメリカジョッキークラブ初代総帥のオーガスト・ベルモントから名付けられた。レース前にはフランク・シナトラの名曲「ニューヨーク・ニューヨーク」を合唱するのが慣わし。
 ※ベルモントステークスオフィシャルサイト http://belmontstakes.nyra.com/belstakes2005/default.aspx

(※牝馬のクラシックは牡馬のように体系的には存在しない。牝馬も上記3レースに参加可能である。代わりに、ニューヨーク・トリプルティアラと呼ばれる牝馬3冠レースが用意されている。マザーグースステークス、CCAオークス、アラバマステークスの3つである。これ以外にも、ケンタッキーオークスも牝馬の最強を決めるレースとして位置づけられている。)

●海外の三冠馬
・イギリスの三冠馬

 1853 West Australian(ウエストオーストラリアン)
 1865 Gladiateur(グラディアテュール)
 1866 Lord Lyon(ロードリヨン)
 1886 Ormonde(オーモンド)
 1891 Common(コモン)
 1893 Isinglass(アイシングラス)
 1897 Galtee More(ギャルティーモア)
 1899 Flying Fox(フライングフォックス)
 1900 Diamond Jubilee(ダイアモンドジュビリー)
 1903 Rock Sand(ロックサンド)
 1915 Pommern(ポメルン)
 1917 Gay Crusader(ゲイクルセイダー)
 1918 Gainsborough(ゲインズバラ)
 1935 Bahram(バーラム)
 1970 Nijinsky(ニジンスキー)

・アメリカの三冠馬
 1919 Sir Barton(サーバートン)
 1930 Gallant Fox(ギャラントフォックス)
 1935 Omaha(オマハ)
 1937 War Admiral(ウォーアドミラル)
 1941 Whirlaway(ワーラウェイ)
 1943 Count Fleet(カウントフリート)
 1946 Assault(アサルト)
 1948 Citation(サイテーション)
 1973 Secretariat(セクレタリアト)
 1977 Seattle Slew(シアトルスルー)
 1978 Affirmed(アファームド)